太陽が海に溶け出していた。
普段は全身にしつこく絡む潮風だが、今日は優しく髪を解かしてくれた。
どうやら傷だらけのボロ車がやけに似合う俺だから、「君」はそんな俺の日常をかすませるのに十分すぎたようだ。
空の「暖かい赤」が、奇跡を呼び起こしてくれた。
だけど「冷たい紫」が重なっていて、やはり夜が近いみたいだ。
そんな景色であれば俺のボロ車だってそれなりに絵になった。
海沿いを縫うように走る俺たち二人は、バランスがよくとれていた。
となりに座る「君」は外を眺めていた。頬に反射する光は俺の目を細めさせた。
視線に気づいた君は口元をニヤつかせた。俺をからかう合図だった。
そんな「君」はあまりに完璧で、俺の記憶の全てを埋め尽くしてしまった。
なんたってそれくらい圧倒される美しさだったから。
徐々に「暖かい赤」は消えかかった。
奇跡の終わりはもうそこまで来ていた。
あっという間に「冷たい紫」があたりを包み込み、お星さまがチラチラと目を開けた。
やけに静かになった車の中。
その沈黙が奇跡の終わりを告げ現実が芽を出してきた。
俺は次第に感覚を取り戻してきた。
ボロ車の排気ガスの匂いや、重なる疲労と空腹。
いたたまれなくなって、俺は「君」の嫌いなタバコを吸いだした。
「君」は怒るかなと思ったけど、奇跡がもう終わっていたのに気づいた。
もう奇跡終わってるのに、俺の目に映る景色はまだかすんでいた。
それが奇跡ではなく自分の涙で、
「君」がもうここにいないことを理解するのは難しくはない。
ただ、受け入れるのはとても難しかった。
矛盾した俺はわけがわからなくなってしまった。
だからってわけではないけど、俺は車ごと「君」の待つ世界に飛び込もうと思った。
俺はうまく飛べるよう、まだ唯一霞んでいる涙で滲んだ「星」に、願い事をしたんだ。
もちろんあの時の「君」に会えることも。
俺はアクセルを力いっぱい踏んだ。